view の書き方を一歩ずつ

125508 ワード

  • 概要: 本記事ではインクリメンタルに view の書き方を説明しています。また具体例として enumerate_view の実装例を紹介しています。

はじめに

C++20 が策定されてから早くも 3 年が経過しようとしています。C++20 で影響の大きかった機能の 1 つに range が挙げられるのではないかと思います。std::views::filterstd::views::transform といった range adaptor が導入されたことで、新たにメモリ確保しなくても range に操作を加えた range を作れるようになり、大変便利になりました。

for (auto x : std::views::iota(0)
                | std::views::filter([](auto x) { return x % 2 == 0; })
                | std::views::transform([](auto x) { return x * x; })
                | std::views::take(4))
  std::cout << x << ','; // output: 0,4,16,36,

一方、C++20 で導入された view の種類に物足りなさを覚えた人もいるのではないでしょうか。

view には大きく分けて 2 種類あります。

  • view を生み出すもの
    std::ranges::iota_view など。range factory と呼ばれます
  • 元となる view から新たな view を生み出すもの
    std::ranges::filters_view など。range adaptor と呼ばれます

本記事では後者の range adaptor を扱います。

range adaptor を実装するには、その range adaptor で実現したい操作の他にも、元となる view の性質を受け継ぐ動作を記述する必要があります。この性質を受け継ぐための記述は range adaptor の実装の多くを占める一方、そのほとんどは使い回しのできるコードとなっています。

そこで本記事では例として enumerate_view の実装を追うことで、その他の range adaptor の実装にも役立てることを試みます。enumerate_view の使用イメージ:

std::vector<char> v{'a', 'b', 'c'};
for (auto&& [index, value] : enumerate_view(v))
  std::cout << index << ':' << value << ','; // output: 0:a,1:b,2:c,

enumerate_view を実装するには、enumerate_view 本体に加え、専用のイテレータと番兵イテレータを実装する必要があります。本記事における実装の出発点は以下の通りです。

/// @tparam View 元となる view の型
template <std::ranges::input_range View>
requires std::ranges::view<View>
struct enumerate_view {
private:
  //! 元となる view
  View base_ = View();

  struct iterator;
  struct sentinel;

public:
  constexpr enumerate_view(View base) : base_(std::move(base)) {}
};

template <std::ranges::input_range View>
requires std::ranges::view<View>
struct enumerate_view<View>::iterator {
private:
  //! 元となるイテレータの現在位置
  std::ranges::iterator_t<View> current_ = std::ranges::iterator_t<View>();
  //! 現在のインデックス
  std::size_t count_ = 0;

public:
  constexpr iterator(std::ranges::iterator_t<View> current, std::size_t count)
    : current_(std::move(current)), count_(std::move(count)) {}
};

template <std::ranges::input_range View>
requires std::ranges::view<View>
struct enumerate_view<View>::sentinel {
private:
  //! 元となる view の番兵イテレータ
  std::ranges::sentinel_t<View> end_ = std::ranges::sentinel_t<View>();

public:
  constexpr explicit sentinel(std::ranges::sentinel_t<View> end)
    : end_(std::move(end)) {}
};

変更点を一覧表示できるよう、節の最後にはその節の変更点の差分をリンクで示しています。コミットには簡単な単体テストも含まれます。

view コンセプトに対応する

実装する view の型を VV のイテレータの型を IV の番兵イテレータの型を S とします。この時 Vview コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります。

  • V後述の条件 を満たす
  • Istd::input_or_output_iterator コンセプトを満たす
  • Sstd::sentinel_for<I> コンセプトを満たす

本節ではイテレータ、番兵イテレータ、view 本体の順に見ていきます。

Iinput_or_output_iterator に対応させる

本節では enumerate_view<View>::iterator に変更を加えます。
Istd::input_or_output_iterator コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります(以下 I 型のオブジェクトを i と記述します)。

  • Istd::movable コンセプトを満たす

    デフォルト定義されているため、特に行うことはありません。

  • Itypename I::difference_type が定義されており、その型が符号付き整数型である

    using difference_type = std::ranges::range_difference_t<View>;
    
  • 前置インクリメント ++i が定義されており、戻り値の型が I& である

    constexpr iterator& operator++() {
      ++current_;
      ++count_;
      return *this;
    }
    
  • 後置インクリメント i++ が定義されている

    constexpr void operator++(int) { ++*this; }
    
  • 間接参照演算子 *i が定義されており、戻り値の型が参照修飾できる

    constexpr std::pair<std::size_t, std::ranges::range_reference_t<View>> //
    operator*() const {
      return {count_, *current_};
    }
    

本節の差分

Ssentinel_for に対応させる

本節では enumerate_view<View>::sentinel に変更を加えます。
Sstd::sentinel_for<I> コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります(以下 S 型のオブジェクトを s と記述します)。

  • Sstd::semiregular コンセプトを満たす (すなわちムーブ・コピー・デフォルト初期化可能である)

    デフォルトコンストラクタが無いため追加します。

    sentinel() = default;
    
  • 等値比較演算子 i == s が定義されている

    friend constexpr bool
    operator==(const iterator& x, const sentinel& y) requires
      std::sentinel_for<std::ranges::sentinel_t<View>,
                        std::ranges::iterator_t<View>> {
      return x.base() == y.end_;
    }
    
    base() について

    実装のために enumerate_view<View>::iterator にメンバ関数 base() を追加しています。

    constexpr const std::ranges::iterator_t<View>& base() const& noexcept {
      return current_;
    }
    constexpr std::ranges::iterator_t<View> base() && {
      return std::move(current_);
    }
    

本節の差分

Vview コンセプトに対応させる

本節では enumerate_view に変更を加えます。
Vstd::ranges::view コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります。

  • Vstd::movable コンセプトを満たす

    デフォルト定義されているため、特に行うことはありません。

  • メンバ関数 begin() が定義されている

    constexpr iterator begin() { return {std::ranges::begin(base_), 0}; }
    
  • メンバ関数 end() が定義されている

    constexpr auto end() { return sentinel(std::ranges::end(base_)); }
    
  • Vstd::ranges::view_interface を継承している

    struct enumerate_view : std::ranges::view_interface<enumerate_view<View>> {
    

また、Vstd::ranges::view コンセプトを満たすためには不要ですが、慣例に倣い以下の変更を加えます。

  • V にデフォルトコンストラクタを追加する
    enumerate_view() requires std::default_initializable<View> = default;
    
  • V に以下の推定ガイドを追加する
    template <class Range>
    enumerate_view(Range&&) -> enumerate_view<std::views::all_t<Range>>;
    

本節の差分

input_iterator に対応する

イテレータは、そのイテレータが提供する操作によって分類することができます。この分類はイテレータカテゴリと呼ばれ、イテレータカテゴリには提供する操作に基づき順序構造が定められています。C++20 時点で提供されているイテレータカテゴリとその順序は以下のようになります (output_iterator は省略)。

input_iterator < forward_iterator
               < bidirectional_iterator
               < random_access_iterator
               < contiguous_iterator

enumerate_view などの range adaptor は元となる view から新たな view を生み出す操作であり、その多くは元となる view のイテレータカテゴリを受け継ぐことができます。そこで、本節から random_access_range に対応する までに渡り、元となる view があるイテレータカテゴリを満たす場合に enumerate_view が同じイテレータカテゴリを満たすよう、変更を加えます。なお、イテレータカテゴリは view や番兵イテレータに依らず、イテレータの操作のみによって定まります。そのため、以後 random_access_range に対応する までは enumerate_view<View>::iterator のみに変更を加えます。

Istd::input_iterator コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります。

  • Istd::input_or_output_iterator コンセプトを満たす

    上記で対応済みです。

  • Itypename I::value_type が定義されており、その型がオブジェクト型である

    using value_type = std::pair<std::size_t, std::ranges::range_value_t<View>>;
    
  • Itypename I::iterator_concept が定義されており、その型が std::input_iterator_tag を継承している

    using iterator_concept = std::input_iterator_tag;
    
  • 必要に応じて非メンバ関数 iter_move(i) が定義されている

    std::ranges::iter_move にはデフォルトの定義が存在するため、定義は必須ではありません。しかし手動で定義した方がよい場合があります。これについては 必要に応じて iter_move を定義する で説明します。

本節の差分

forward_iterator に対応する

Istd::forward_iterator コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります。

  • Istd::input_iterator コンセプトを満たす

    上記で対応済みです。

  • Istd::semiregular コンセプトを満たす(すなわち上記(ムーブ可能)に加え、コピー・デフォルト初期化可能である)

    デフォルトコンストラクタが無いため追加します。

    iterator() requires
      std::default_initializable<std::ranges::iterator_t<View>> = default;
    
  • typename I::iterator_conceptstd::forward_iterator_tag を継承している

    - using iterator_concept = std::input_iterator_tag;
    + using iterator_concept =
    +   std::conditional_t<std::ranges::forward_range<View>,       std::forward_iterator_tag,
    +   /* else */                                                 std::input_iterator_tag>;
    
  • 等値比較演算子 == が定義されている

    friend constexpr bool operator==(const iterator& x, const iterator& y) //
      requires std::equality_comparable<std::ranges::iterator_t<View>> {
      return x.current_ == y.current_;
    }
    
  • 後置インクリメント i++ の戻り値の型が I である

    constexpr iterator
    operator++(int) requires std::ranges::forward_range<View> {
      auto tmp = *this;
      ++*this;
      return tmp;
    }
    

補足ですが、後置インクリメントはほとんどの場合に上記のコードで定義することができます。そのようなコードをボイラープレートと呼びます。

本節の差分

bidirectional_iterator に対応する

Istd::bidirectional_iterator コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります。

  • Istd::forward_iterator コンセプトを満たす

    上記で対応済みです。

  • typename I::iterator_conceptstd::bidirectional_iterator_tag を継承している

      using iterator_concept =
    +   std::conditional_t<std::ranges::bidirectional_range<View>, std::bidirectional_iterator_tag,
        std::conditional_t<std::ranges::forward_range<View>,       std::forward_iterator_tag,
    -   /* else */                                                 std::input_iterator_tag>;
    +   /* else */                                                 std::input_iterator_tag>>;
    
  • 前置デクリメント --i が定義されており、戻り値の型が I& である

    constexpr iterator&
    operator--() requires std::ranges::bidirectional_range<View> {
      --current_;
      --count_;
      return *this;
    }
    
  • 後置デクリメント i-- が定義されており、戻り値の型が I である

    constexpr iterator
    operator--(int) requires std::ranges::bidirectional_range<View> {
      auto tmp = *this;
      --*this;
      return tmp;
    }
    

補足ですが、後置デクリメントはボイラープレートです。

本節の差分

random_access_iterator に対応する

Istd::random_access_iterator コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります(以下では typename I::difference_type 型のオブジェクトを n と記述しています)。

  • Istd::bidirectional_iterator コンセプトを満たす

    上記で対応済みです。

  • typename I::iterator_conceptstd::random_access_iterator_tag を継承している

      using iterator_concept =
    +   std::conditional_t<std::ranges::random_access_range<View>, std::random_access_iterator_tag,
        std::conditional_t<std::ranges::bidirectional_range<View>, std::bidirectional_iterator_tag,
        std::conditional_t<std::ranges::forward_range<View>,       std::forward_iterator_tag,
    -   /* else */                                                 std::input_iterator_tag>>;
    +   /* else */                                                 std::input_iterator_tag>>>;
    
  • 比較演算子 <, >, <=, => が定義されている

    friend constexpr bool operator<(const iterator& x, const iterator& y) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      return x.current_ < y.current_;
    }
    friend constexpr bool operator>(const iterator& x, const iterator& y) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      return y < x;
    }
    friend constexpr bool operator<=(const iterator& x, const iterator& y) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      return not(y < x);
    }
    friend constexpr bool operator>=(const iterator& x, const iterator& y) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      return not(x < y);
    }
    
  • イテレータと数値の加算 i += n (戻り値の型が I&), i + n, n + i (戻り値の型が I) が定義されている

    constexpr iterator& operator+=(difference_type n) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      current_ += n;
      count_ += n;
      return *this;
    }
    friend constexpr iterator operator+(iterator x, difference_type n) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      x += n;
      return x;
    }
    friend constexpr iterator operator+(difference_type n, iterator x) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      x += n;
      return x;
    }
    

  • イテレータと数値の減算 i -= n (戻り値の型が I&), i - n (戻り値の型が I) が定義されている

    constexpr iterator& operator-=(difference_type n) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      return *this += -n;
    }
    friend constexpr iterator operator-(iterator x, difference_type n) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      x -= n;
      return x;
    }
    
  • イテレータ間の減算 - が定義されており、戻り値の型が typename I::difference_type である

    friend constexpr difference_type //
    operator-(const iterator& x, const iterator& y) requires
      std::ranges::random_access_range<View> {
      return x.current_ - y.current_;
    }
    
  • 添字演算子 i[n] が定義されており、戻り値の型が間接参照演算子 *i と同じである

    constexpr std::pair<std::size_t, std::ranges::range_reference_t<View>>
    operator[](difference_type n) const //
      requires std::ranges::random_access_range<View> {
      return *(*this + n);
    }
    

補足ですが、operator<operator+=、イテレータ間の減算 - 以外はボイラープレートです。

また、Istd::random_access_iterator コンセプトを満たすためには不要ですが、慣例に倣い以下の変更を加えます。

  • I に三方比較演算子 <=> を追加する
    friend constexpr auto operator<=>(const iterator& x, const iterator& y) //
      requires std::ranges::random_access_range<View> and                   //
      std::three_way_comparable<std::ranges::iterator_t<View>> {
      return x.current_ <=> y.current_;
    }
    

本節の差分

sized_sentinel_forsized_range に対応する

sized_range とは償却定数時間でサイズを取得できる range のことです。また sized_sentinel_for<I, S> は番兵イテレータに対するコンセプトであり、S がイテレータ I との間の距離が計算できる番兵イテレータであることを表します。

償却定数時間でサイズを取得できる range の例として std::ranges::random_access_range コンセプトを満たす range が直ちに挙げられます。しかし、償却定数時間でサイズを取得できるには必ずしも std::ranges::random_access_range コンセプトを満たす必要はありません。そのような例として、 サイズをキャッシュしているコンテナ (std::unordered_map など) が挙げられます。そのため Vstd::ranges::sized_range コンセプトを満たすか否か、および Sstd::sized_sentinel_for<I> コンセプトを満たすか否かは、そのイテレータ型 I のイテレータコンセプトとは独立に規定されています。

本節では元の view が sized_range (または sized_sentinel_for) を満たす場合に、 enumerate_viewsized_range (または sized_sentinel_for) を満たすよう変更を加えます。

Sstd::sized_sentinel_for<I> コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります。

  • イテレータと番兵イテレータ間の減算 i - s, s - i が定義されており、戻り値の型が typename I::difference_type である
    friend constexpr std::ranges::range_difference_t<View> //
    operator-(const iterator& x, const sentinel& y) requires
      std::sized_sentinel_for<std::ranges::sentinel_t<View>,
                              std::ranges::iterator_t<View>> {
      return x.base() - y.end_;
    }
    friend constexpr std::ranges::range_difference_t<View>
    operator-(const sentinel& x, const iterator& y) requires
      std::sized_sentinel_for<std::ranges::sentinel_t<View>,
                              std::ranges::iterator_t<View>> {
      return x.end_ - y.base();
    }
    

Vstd::ranges::sized_range コンセプトを満たすには、以下の条件が成立する必要があります。

  • V にメンバ関数 size() が定義されている
    constexpr auto size() requires std::ranges::sized_range<View> {
      return std::ranges::size(base_);
    }
    

本節の差分

iterator_category を定義する

random_access_iterator に対応する までで、元の view がイテレータコンセプトを満たす場合に enumerate_view が同じイテレータコンセプトを満たす方法を紹介しました。しかし、現在の enumerate_view は C++17 以前のイテレータ要件 (規格では Cpp17InputIterator などと呼ばれています) を満たしません。本節では iterator_category を定義することで C++17 以前のイテレータ要件を満足させます。

元の view が C++17 以前のイテレータ要件を満たす場合に V が同じイテレータ要件を満たすには、I が下記の構造体 deduce_iterator_category を継承している必要があります。

template <class View>
struct deduce_iterator_category {};

template <class View>
requires requires {
  typename std::iterator_traits<
    std::ranges::iterator_t<View>>::iterator_category;
}
struct deduce_iterator_category<View> {
  using iterator_category = typename std::iterator_traits<
    std::ranges::iterator_t<View>>::iterator_category;
};

通常はこれでよいのですが、enumerate_view は間接参照演算子 *i が左辺値参照を返さないため、Cpp17InputIterator よりも強いイテレータ要件を満たしません。そのため enumerate_viewdeduce_iterator_category は以下のように修正する必要があります。

  template <class View>
  struct deduce_iterator_category {};

  template <class View>
  requires requires {
    typename std::iterator_traits<
      std::ranges::iterator_t<View>>::iterator_category;
  }
  struct deduce_iterator_category<View> {
-   using iterator_category = typename std::iterator_traits<
-     std::ranges::iterator_t<View>>::iterator_category;
+   using iterator_category = std::input_iterator_tag;
  };

本節の差分

必要に応じて iter_move を定義する

ここでは非メンバ関数 iter_move(i) を手動で定義するが必要があるときについて説明します。

std::ranges::iter_move は以下のように定義されています。

  • 実引数依存の名前探索によって iter_move(std::forward<I>(i)) が見つかる場合、それを呼び出します
  • そうでなくて *std::forward<I>(i) が well-formed な左辺値の場合、std::move(*std::forward<I>(i)) を呼び出します
  • そうでなくて *std::forward<I>(i) が well-formed な右辺値の場合、それを呼び出します
  • そうでない場合、std::ranges::iter_move(i) は ill-formed です

すなわち iter_move(i) を手動で定義しなくても、std::ranges::iter_movestd::move(*std::forward<I>(i))*std::forward<I>(i) を選択して適切に右辺値を返します。

しかし間接参照演算子 *i が左辺値を保持した右辺値(例えば std::pair<T&, U&> など)を返す場合に、上記のデフォルトの定義では上手くムーブすることができません。そのような場合に iter_move(i) を手動で定義します。

enumerate_view の戻り値は std::pair<std::size_t, std::ranges::range_reference_t<View>> であるため、上記の場合に該当します。このとき enumerate_viewiter_move(i) は以下のように実装することができます。

friend constexpr std::pair<std::size_t,
                           std::ranges::range_rvalue_reference_t<View>>
iter_move(const iterator& x) noexcept(
  noexcept(std::ranges::iter_move(x.current_))) {
  return {x.count_, std::ranges::iter_move(x.current_)};
}

本節の差分

common_range に対応する

common_range とは、イテレータと番兵イテレータの型が一致する range のことです。

std::forward_list<int> fl{};
// fl は common_range
static_assert(std::ranges::common_range<decltype(fl)>);
std::ranges::take_view taken(fl, 0);
// taken は common_range ではない
static_assert(not std::ranges::common_range<decltype(taken)>);

C++17 以前のイテレータではイテレータと番兵イテレータの型が一致することは前提とされていました。しかし C++20 以降ではこの 2 者は必ずしも一致しないものとして扱われています。例えば以下の view が common_range ではない view として挙げられます。

  • range factory から構築される無限 range
  • sized_range ではない view の take_view
  • common_range ではない view を元とする range adaptor

本節では元の view が common_range である場合に enumerate_viewcommon_range となるよう、以下の変更を加えます。

- constexpr auto end() { return sentinel(std::ranges::end(base_)); }
+ constexpr auto end() {
+   if constexpr (std::ranges::common_range<View>)
+     return iterator(std::ranges::end(base_), std::ranges::size(base_));
+   else
+     return sentinel(std::ranges::end(base_));
+ }

通常はこれでよいのですが、enumerate_view の イテレータの構築には、元となる view のサイズを必要とします。そのため enumerate_view の場合は std::ranges::common_range に加えて std::ranges::sized_range で制約する必要があります。

  constexpr auto end() {
-   if constexpr (std::ranges::common_range<View>)
+   if constexpr (std::ranges::common_range<View> and std::ranges::sized_range<View>)
      return iterator(std::ranges::end(base_), std::ranges::size(base_));
    else
      return sentinel(std::ranges::end(base_));
  }

本節の差分

const-iterable に対応する

const-iterable とは、const 修飾後も range コンセプトを満たす range のことです。

const std::vector<int> v{};
// v は const-iterable
static_assert(std::ranges::range<decltype(v)>);
const std::ranges::filter_view filtered(v, std::identity{});
// filtered は const-iterable ではない
static_assert(not std::ranges::range<decltype(filtered)>);

STL のコンテナなど、一般的な range は const-iterable ですが、現在の enumerate_view はその要件を満たしません。本節では元の view が const-iterable である場合に、 enumerate_viewconst-iterable となるよう変更を加えます。

ここでの変更は多岐に渡るため、差分の多くは リンク先 に譲り、変更の概略を紹介します。

enumerate_view<View>::iterator および enumerate_view<View>::sentinel に対する変更

  1. 非型テンプレートパラメータ bool Const を追加する
    + template <bool Const>
      struct iterator;
    + template <bool Const>
      struct sentinel;
    
  2. 型エイリアス Base を、Const が真のとき const View、偽のとき View として定義する
    + using Base = std::conditional_t<Const, const View, View>;
    
  3. すべての ViewBase で置き換える

enumerate_view に対する変更

  1. メンバ関数 begin()iterator<false> を返すよう変更する
    - constexpr iterator begin() { return {std::ranges::begin(base_), 0}; }
    + constexpr iterator<false> begin() { return {std::ranges::begin(base_), 0}; }
    
  2. メンバ関数 end()sentinel<false> (common_range の場合は iterator<false>) を返すよう変更する
      constexpr auto end() {
        if constexpr (std::ranges::common_range<View> and //
                      std::ranges::sized_range<View>)
    -     return iterator(std::ranges::end(base_), std::ranges::size(base_));
    +     return iterator<false>(std::ranges::end(base_), std::ranges::size(base_));
        else
    -     return sentinel(std::ranges::end(base_));
    +     return sentinel<false>(std::ranges::end(base_));
      }
    
  3. メンバ関数 begin() const を定義し、 iterator<true> を返すようにする
    + constexpr iterator<true>
    + begin() const requires std::ranges::input_range<const View> {
    +   return {std::ranges::begin(base_), 0};
    + }
    
  4. メンバ関数 end() const を定義し、 sentinel<true> (common_range の場合は iterator<true>) を返すようにする
    + constexpr auto end() const requires std::ranges::input_range<const View> {
    +   if constexpr (std::ranges::common_range<const View> and //
    +                 std::ranges::sized_range<const View>)
    +     return iterator<true>(std::ranges::end(base_), std::ranges::size(base_));
    +   else
    +     return sentinel<true>(std::ranges::end(base_));
    + }
    

本節の差分

range adaptor object/range adaptor closure object を定義する (C++23 以降)

range adaptor の構築方法には、直接コンストラクタを呼び出す方法の他にも、専用のヘルパー関数オブジェクトを呼び出す方法があります。

std::vector<int> v{0, 1, 2};
auto pred = [](auto x) { return x % 2 == 0; };
// 直接コンストラクタを呼び出すことで構築する
std::ranges::filter_view filtered(v, pred);
// 専用のヘルパー関数オブジェクトを用いて構築する
auto filtered2 = std::views::filter(v, pred);

また、下記のようにパイプライン記法を用いて構築することもできます。

// パイプライン記法を用いて構築する
auto filtered3 = v | std::views::filter(pred);

本節では enumerate_view においてこのような記法ができるよう、ヘルパー関数オブジェクトを実装します。なお、本節のコードは C++23 に向けて採択されたライブラリ機能 (P2387R3 Pipe support for user-defined range adaptors) を用いているため、コンパイルできるのは C++23 に対応したコンパイラのみとなります。

enumerate_view のヘルパー関数オブジェクトは以下のように実装することができます。

struct enumerate_fn : std::ranges::range_adaptor_closure<enumerate_fn> {
  template <std::ranges::viewable_range Range>
  constexpr auto operator()(Range&& range) const
    noexcept(noexcept(enumerate_view(std::forward<Range>(range)))) {
    return enumerate_view(std::forward<Range>(range));
  }
};

inline namespace cpo {
  inline constexpr auto enumerate = enumerate_fn();
} // namespace cpo

補足ですが、このようなヘルパー関数オブジェクトの実装方法は、対応する view のコンストラクタの引数によって異なります。enumerate_view のように元となる view のみを受け取る view のヘルパー関数オブジェクトは enumerate_view と同様に実装することができます。一方、filter_view のように元となる view の他にも引数を受け取る場合は、ヘルパー関数オブジェクトの実装方法は少し異なります。参考のため、filter_view のヘルパー関数オブジェクトの実装例を以下に示します。

struct filter_fn {
  template <std::ranges::viewable_range Range, class Pred>
  constexpr auto operator()(Range&& range, Pred&& pred) const
    noexcept(noexcept(
      std::ranges::filter_view(std::forward<Range>(range), std::forward<Pred>(pred)))) {
    return
      std::ranges::filter_view(std::forward<Range>(range), std::forward<Pred>(pred));
  }
  template <class Pred>
  requires std::constructible_from<std::decay_t<Pred>, Pred>
  constexpr auto operator()(Pred&& pred) const
    noexcept(noexcept(std::is_nothrow_constructible_v<std::decay_t<Pred>, Pred>)) {
    return
      std::ranges::range_adaptor_closure(std::bind_back(*this, std::forward<Pred>(pred)));
  }
};

inline namespace cpo {
  inline constexpr auto filter = filter_fn();
} // namespace cpo

本節ではヘルパー関数オブジェクトの詳細まで立ち入ることはできませんでした。その詳細については [C++] ranges のパイプにアダプトするには — 地面を見下ろす少年の足蹴にされる私 において詳しく説明されています。

以上で完成です!

補足: enumerate_view の提案について

本記事で紹介した enumerate_view は、C++26 に向けてライブラリ機能として追加されることが提案されています。

本記事の enumerate_view は提案されているものとほとんど同じですが、簡単のため以下の点で差異があります。

  • 提案の enumerate_view は index の型が std::size_t ではなく、以下で定義される index_type です
    using index_type = std::conditional_t<
      std::ranges::sized_range<Base>,
      std::ranges::range_size_t<Base>,
      std::make_unsigned_t<std::ranges::range_difference_t<Base>>>;
    
  • 提案の enumerate_view の index は const 修飾されています
  • 提案の enumerate_view の値型は、std::pair ではなく専用の型 std::enumerate_result になります。この std::enumerate_result は構造化束縛に対応しています

おわりに

本記事では range adaptor の実装を少しずつ見てきました。range adaptor の実装には元となる view から性質を受け継ぐためのコードを書く必要があり、その多くは使い回すことができます。range adaptor を自作するときに役立つのではないかと思います。

本記事で扱わなかったこととして、range factory の実装が挙げられます。range factory の view・イテレータ・番兵イテレータについても、実装しなければならないメソッドに変わりはありません。range factory の場合は求める機能に対応するコードが増え、多少煩雑になるのではないかと思います。

誤り等ございましたらコメント頂けますと幸いです。

参考文献

C++20 策定以後に採択された欠陥報告

処理系の対応状況

view の書き方

input_or_output_iterator ~ random_access_iterator

iterator_category

const-iterable

range adaptor object/range adaptor closure object

enumerate_view