粗い同一視 ~粗幾何学の初歩の初歩~


 位相幾何では連続変形に対して不変であるような空間の "細かい" 構造に着目しますが、粗幾何では逆に "粗い" 構造を考えます。どれくらい粗いかというと、$\mathbb{Z}$ と $\mathbb{R}$ ってどちらも遠くから眺めると直線っぽくない? ってくらいの同一視をするほどの粗さです。位相的に見ればこれらのふたつは "詰まり具合" が全然違うものなのですが、点同士が離れているといっても高々有限くらいだろうと考えるとなんとなく同一視できそうな気もしてきますね。

粗同値と位相同型

 具体的にどうやって同値関係を定めるのか見ていきましょう。距離空間から距離空間への写像 $f:X\rightarrow Y$ が粗同値写像であるとは、$f$ が粗写像であって、

\left\{ \
\begin{align}
g\circ f &\simeq_c {id_X} \\
f\circ g &\simeq_c {id_Y}
\end{align}
\right.

が成り立つような粗写像 $g:Y\rightarrow X$ が存在することをいいます。$id$ は恒等写像を意味します。粗同値写像が存在するような距離空間は粗同値であるといいます。このことをとりあえずここでは $X \cong_C Y $ と表すことにしましょう。
 未定義の言葉と記号が出てきていますが、この説明は少し後に回して、比較的馴染み深い位相同型について復習してみましょう。位相空間から位相空間への写像 $f:X\rightarrow Y$ が位相同型写像であるとは、$f$ が連続写像であって、

\left\{ \
\begin{align}
g\circ f &= {id_X} \\
f\circ g &= {id_Y}
\end{align}
\right.

が成り立つような連続写像 $g:Y\rightarrow X$ が存在することをいいます。位相同型写像が存在するような位相空間は位相同型であるといい、このことは $X \cong Y$ と表されます。比較してみると大体同じ定義であることがわかります。粗同値の定義で違うのは距離の入った空間を考えることと、連続写像のかわりに粗写像を考えていることと、$=$ が $\simeq_c$ に緩められていることです。

粗写像と一様連続写像

 粗同値が位相同型に似た概念であることは感じ取ってもらえたかと思います。ここで先ほどの未定義語たちを拾っておきましょう。
 距離空間上の写像 $f_1, f_2: X\rightarrow Y$ に対してある定数 $C>0$ を選べば任意の $x \in X$ に対し $$d_Y\left(f_1\left(x\right),f_2\left(x\right)\right) < C$$
とおさえられるとき $f_1, f_2$ は近いといいます。ここではこのことを $f_1 \simeq_c f_2$ で表すことにします。
 距離空間上の写像 $f:X\rightarrow Y$ が粗写像であるとは、ボルノロガスかつプロパーであることをいいます。$f$ がボルノロガスまたは有界型であるとは、任意の $\delta > 0$ に対してある $\varepsilon_\delta > 0$ が選べて、任意の $x_1, x_2 \in X$ に対して
$$ d_X\left(x_1, x_2\right) \leq \delta \Longrightarrow d_Y\left(f\left(x_1\right), f\left(x_2\right)\right) \leq \varepsilon_\delta$$
が成り立つことをいいます。要は「写った先で距離が離れすぎない」ということです。$f$ がプロパーであるとは、有界集合 $B \subset Y$ の $f$ による逆像 $f^{-1}\left(B\right)$ が有界集合 であることをいいます。
 これらの条件は既に知っているような概念の定義に似ています。開集合の連続写像による逆像は開集合ですし、ボルノロガスは一様連続と似ています。一様連続写像は任意の $\varepsilon > 0$ に対してある $\delta_\varepsilon > 0$ が選べて、任意の $x_1, x_2 \in X$ に対して
$$ d_X\left(x_1, x_2\right) \leq \delta_\varepsilon \Longrightarrow d_Y\left(f\left(x_1\right), f\left(x_2\right)\right) \leq \varepsilon$$
が成り立つことをいいます。$f$ で写る前と写った先での点の距離 $\delta, \varepsilon$ の依存関係が逆になっています。

ℤ と ℝ の粗同値性

 これまでに見た定義で $\mathbb{Z}$ と $\mathbb{R}$ が同一視できるか確認してみましょう。写像 $f:\mathbb{Z}\rightarrow \mathbb{R}$ を $f\left(x\right) = x$ とすれば、これは明らかにボルノロガスかつプロパーです。また、$g: \mathbb{R}\rightarrow\mathbb{Z}$ を「受け取った実数の整数部分を返す写像」とすれば、$g\circ f$ と $f \circ g$ はどちらも恒等写像といつでも $1$ 未満の差しかないため、近くなります。よって、$\mathbb{Z} \cong_C \mathbb{R}$ であることがわかります。$1$ 次元に限らず $n \geq 2$ で $\mathbb{Z}^n$ と $\mathbb{R}^n$ も同一視できることが同様にわかります。

参考文献