中国のモバイルゲームQA事情


◆概要

中国のゲーム市場規模は非常に膨大でおそらくゲーム業界で勤めている皆さんも興味を持っているのではないでしょうか。

しかし中国のゲーム市場自体は日本と異なる点が多いので、中国でゲームをリリースする際の注意点を把握している人はまだ日本国内に少ないと思います。

この記事は中国でゲームをリリースすることに興味がある方へ、中国のゲーム市場におけるQA関連の基本的な注意点の情報を提供したいと思います。

◆自己紹介

  • 中国の香港出身
  • 日本の四大を卒業してから4年間日本のゲーム企業で品質管理に関する業務を担当
  • 海外ゲーム業界情報の調査や海外ポリコレ関連調査を数年間担当
  • 語学力を生かした各国のゲーム業界情報の収集や調査に自信あり

◆サマリー

注意点 対策
ユーザー数が非常に多い ・負荷テストを多めに実施すること
・再現性が低い不具合でも影響度が高いなら放置しないこと
機材(スマートフォン)の種類が多すぎる ・機種チェックは多めに予算を見積もる+早めに行動すること
政府による審査に関する注意点が多い ・不具合の報告だけではなく過激な表現に対する問題提起も行うこと

◆本文

ここからは中国でモバイルゲームをリリースする際の主なQA関連の注意点について紹介したいと思います。

A.ユーザー数が非常に多い

若年層ユーザーに大人気のモバイルゲームである荒野行動の日本国内Daily Active Users(DAU)が50万人前後[1] といわれています。一方、中国でトップクラスの人気を誇るMOBAモバイルゲーム『王者栄耀』のDAUが1億人を超えたと先日公式発表[2] がありました。このように中国のユーザー数は非常に多いです。

ユーザーが多いこと自体はもちろんいいことではありますが、それにともなう下記のような問題点も発生します。

  • サーバの負荷が非常に高い
  • 再現性が低い不具合でもすぐにユーザー側に見つけられる

サーバの負荷が非常に高い

NetEase社のとあるタイトルがたった一人の配信者でサーバがダウンしたエピソードがありました[3]。おそらく中国のネットではかなり有名な配信者の方でしょう。本人が呼びかけたかはわかりませんが、ある日の配信中に8万人の視聴者がゲーム内で彼にフレンドリクエストを送信しました。そしてその配信者がゲーム内のフレンドリストを開こうとするその瞬間、サーバが丸ごと落ちました。

NetEase社の関係者によると、サーバの品質自体は悪くありませんでしたが、短時間に発生する8万回以上のフレンドリクエストの処理には耐えられませんでした。それ以降、NetEase社はユーザーによるデータ要求のクエリ量を制限するなど、再発防止の措置をサーバに加えました。

【テスト担当者としてできること】
日本ユーザーにサービスを提供するといういつもの感覚でサーバ負荷テストを実施すると、
中国の膨大なユーザー数に対応できない可能性が高いので、
同時接続人数の一時急増など場面を想定し、サーバ負荷テストを通常より多めの実施を推奨します。

再現性が低い不具合でもすぐにユーザー側に見つけられる

同じくNetEase社の話です。彼らはとあるタイトルに新しいダンジョンを追加しました。作業感を低下させるために、ダンジョン内の敵NPCがすべてランダムに生成されるようダンジョンをデザインしました。ゲームのサービス開始当初はたしかに設計通りにモンスターがランダムに生成されました。しかし時間が立つと「あのダンジョンには1種類のモンスターしか生成されないよ」という報告が次々上がってきました。「どうしてでしょう?」と開発チームが多くの時間をかけて調査したところ、やっとタイトルの基盤部分にかかわる不具合を見つけました[3]

ユーザー数が多いほど、再現性が極めて低い不具合でも発生する可能性が高くなります。ここでは単純な計算で説明します。個人の経験になりますが、大規模なゲームプロジェクトの場合、リリース前のテストに3,000人日以上かけることがあります。3,000人日を21,000時間(1人日=7時間と想定)に換算するとしましょう。すごい数字のように聞こえますが、そのタイトルのユーザー数が20万だったら、全員がたった7分間をプレイするだけで、そのタイトルの合計テスト時間を余裕で超えます。

ダンジョンのモンスター生成に異常が発生するぐらいの問題なら、運営側にとってもユーザー側にとっても影響度が比較的小さいと言えますが、もしそれがゲームのマネタイズにかかわるような不具合であれば、会社の売上に大きな影響を及ぼす可能性があるでしょう。

中国のような巨大な市場でゲームをリリースする際は、よりテストに力を入れる必要があります。あと万が一問題が発生したとしても、影響が広まらないようプログラム(特に課金関連などマネタイズ部分)にセーフティ処理を多めに入れるのも良い対策だと考えます。

【テスト担当者としてできること】
再現性が低い不具合でも影響度が高いなら放置せずに報告し修正してもらうこと。

B.機材(スマートフォン)の種類が多すぎる

日本ではスマートフォンのシェアの40%以上がApple社に占められているといわれています[4]。Android端末の市場も基本的に限られている数社がシェアしています。この日本のスマートフォン事情はモバイルゲームの開発者にとって非常に都合がいいといえるでしょう。すべてのiOS端末をそろえるだけで40%以上のプレイ環境をテストできるからです。もちろんこれは単純な計算で実際そんなに簡単な話ではありませんが、テスト環境を用意することに関しては、日本市場の企業が非常に楽であることをまず認識していただきたいです。

一方、中国はどうでしょうか。

まず、iOS端末のシェアはわずか17.83%です[5]。そして、中国のスマートフォンメーカーは、知名度があるメーカーだけをカウントしても20社前後があります。他に、サムスン、LG、ソニーなど海外メーカーの端末も、もちろん中国で出品されています。

出典(中国語):https://www.sohu.com/a/219671274_401886

この背景でなにが起きるかというと、中国の市場で流通するスマートフォンの種類が非常に多くなります。そして日本に比べ、機種テストのハードルが高くなります。

NetEase社の関係者によりますと、社内で数千台のスマートフォンを購入し、やっと中国の半分ぐらいのユーザーのプレイ環境をテストできたといわれています[3]。機種テストで数千台の端末を使う話になると、当然手動での対応だけでは難しいでしょう。中国での機種テストは、基本的に自動化されています。

下の画像にはNetEase社のテスト用の機材ラックが映っています。すべて自動化の操作で稼働しています。

出典(中国語):https://zhuanlan.zhihu.com/p/169517574

【テスト担当者としてできること】
日本でのリリースに比べ、機種テストで使用する機材が多いので、
当然費用ももっと掛かります。最初に機種テストの予算を多めに見積もることを推奨します。
また、日本では入手困難の機材も多いので、現地企業に協力してもらう必要があります。
そのための情報収集など対応を早めに開始することを推奨します。

C.審査に関する注意点が多い

最後は中国の政府機関による審査の話です。

昔に比べて作品の表現に対してはかなり寛容的にはなっていますが、それでも欧米諸国や日韓など先進国に比べ、道徳や倫理に対する考え方は中国社会が全体的に保守寄りです。特に性的表現と暴力表現に関しては非常に厳しいです。

例えば人気PCタイトル『PlayerUnknown's Battlegrounds(PUBG)』は中国のサーバに対し、「血液の色を緑にする」という仕様調整を実施しました[6]。また、有名な中国配信サイト「bilibili」は『グランド・セフト・オート(GTA)』シリーズ、や『バトルフィールド4』など暴力表現が際立つタイトルを配信禁止タイトルとすることを明言しました[7]

上記対応は政府による指示なのかがわかりませんが、中国社会のゲームの性的表現と暴力表現に対する規制の厳しさをわかっていただければと思います。第三者としてテスト担当者が懸念点を指摘できるに越したことはないでしょう。

【テスト担当者としてできること】
不具合だけではなく過激な表現に対する問題提起も大事です。
毎日同じリソースに触れる開発者は、問題が問題であることを認識できなくなる可能性があります。
懸念点を感じるところがありましたら、開発者に連絡してあげてください。

◆さいごに

中国でも『Fate/Grand Order』や『プリンセスコネクト!Re:Dive』など和製タイトルが数多くリリースされていますので、中国の市場を目指すこと自体は決して空想ではありません。そして中国のユーザーたちも素晴らしい海外タイトルの中国でのリリースを待ちかねています。この記事は中国のモバイルゲーム市場に興味があるゲーム業界の皆さんの力になれたら非常にうれしいです!

中国のゲームQAを調べてみたら意外と各大手からの発信が多いので、次に機会がありましたらまたまとめてみたいです!次にまた書くならこういうことを紹介したいです。
1. 中国のゲームQA業界の構造
2. 大手企業のQAに関する動き(ここ数年はクラウドテストにかなり力を入れているようです。)

◆参考情報・引用先

[1] https://www.gameage.jp/release/report/index_016.html
[2] https://new.qq.com/omn/20201110/20201110A07O4Q00.html (中国語)
[3] https://www.zhihu.com/question/26221508/answer/1211572448 (中国語)
[4] https://mmdlabo.jp/investigation/detail_1831.html
[5] https://www.auncon.co.jp/corporate/2020/0512.html
[6] https://automaton-media.com/articles/newsjp/20171123-58199/
[7] https://www.bilibili.com/read/cv2191505/ (中国語)